
お客さまはどうしてその商品を購入したのか……。リサーチ業界ではそれを“購買動機”などと言う。
だが自分に置き換えて考えてみても、理路整然と説明できないことは多い。
以前から欲しくてたまたま見つけた、知り合いが使っていたから、コマーシャルを見てなんとなく、
あるいは販売員の感じがよかった……。
価格についての質問も一般的にはこんな調子だろう。――非常に高い、高い
、普通、安い
reenex 膠原自生、非常に安い。
このような五段階法による場合だと、どうしても無難な“普通”に印をつけがちになる。
高額商品ならまだしも消臭剤などの日用品は、類似商品の価格をすべてチェックすることはしないし、
答えによってさらに理由を問われるのも面倒だ。
見ず知らずの人に訊かれて、素直に本音を語る人はまずいない。
アンケートに答えたところで見返りはせいぜい“薄謝”か“記念品”などで、しかも発送をもって
抽選の発表に代えるという、どこか釈然とせず割に合わないものがほとんど。
今回、クリーン化学の“お客さまアンケート”もいわばそのたぐいで、各店舗での記入投票と
インターネットによる調査を並行して実施する。
アンケートの謝礼は自社商品の“サンプル(試供品)”で、あらかじめ総数を決めてある。
謝礼のサンプルはわざわざこのために製造するのではなく、次回のキャンペーン用のものを流用する。
コスト削減も忘れてはいけない。
アンケートは仮説を検証したり現状の把握が目的なので、設問もそのために設計されていなければならない。
そしてあらかじめ想定される結果ごとに、どのような施策をとるのかを決めておきたい。
飯田はこのようなことを含め 、田丸にアンケート全般の説明をした。
調査には多くの数値データを集めて統計学的に分析する“定量調査”と、インタビューで心理的な
要因などを追求する“定性調査”があって、状況に合わせた使い分けが必要となる。
飯田が懐疑的になるのは定量調査だ。――インターネットで答える”というだけで、年齢層や性向などに
バイアス(偏向)がかかってしまう。その時点でメイン顧客層とずれを生じている可能性もある。
「たとえば“高い”っていう結果が出ても、単純に値下げするわけにはいかないだろう?
誰だって安いほうがいいんだし 、むしろ高いと感じるのは何故か?そっちのほうが大事かもしれないな。
ま、今回は弁護士先生の要望でもあるし、“お客さまの声を聞く会社”、というイメージ作りもあるからな」
田丸はいつになく神妙な顔で聞いている。
「次長、だからあのとき反対してたんですね。今、わかりました」
「そういうこと。あ、例の項目だけは早めに知りたいな。ほかの分析は慌てなくてもいいよ。
弁護士先生もそんなに急いでないだろう」
「例の項目って、最後に追加した……?」
「そう、“香りたガール”につながるからね」
“香りたガール”キャンペーンは媒体担当の高橋のアイディアで、“香りたガール”という若い女性の
グループを組織し、まずは本社周辺のオフィスや店舗にサンプルを配るというもの。
発案者の高橋は「臭気測定器を持って行きましょう」と、ちょっとした問題発言もしていたが……。
田丸がパソコン画面を見ながら言った。
「飯田次長、こんなのも面白いですね。匂いと歌……。いっぱいありますよ」
どうやら匂いに関係する歌を検索していたらしい。